菊花賞の歴史を知りたい!昔は京都農林省賞典四歳呼馬だった

意外と知らない菊花賞の歴史

菊花賞は、当時イギリスの三冠レースの最後に行われていたセントレジャーを模範とし、スタミナに優れた競走馬を選定するため1938年に創設されました。
日本で施行されているレースの中では、長い歴史を持つレースの一つです。
条件は第1回から現在と同じ京都競馬場芝3000mで実施され、創設当初の正式なレース名称は「京都農林省賞典四歳呼馬」でした。
出走資格は4歳の牡馬と牝馬でしたが、2001年に馬齢表記方法が変更されたためであり、3歳クラシックレースの一つという位置付けに違いはありませんが、菊花賞創設時は東京優駿は施行されていたものの皐月賞は存在していなかったため、1939年に皐月賞が創設されるまでは、牡馬三冠レース最終戦という認識は持たれていませんでした。
その後1943年に名称が「京都農商省賞典四歳呼馬」に変更され、1946年には「農林省賞典四歳馬」となり、現在の菊花賞となったのは1948年のことです。
3000mという長丁場が影響してか、歴史上牝馬による制覇は1943年と1947年の2回のみとなっています。
1951年までは12月に開催されることもありましたが、1952年以降は11月の京都開催に固定され、2000年以降は3歳馬のジャパンカップ参戦などを考慮し、10月の4回京都開催へと移行しています。
1984年のグレード制導入によりG1レースとなった後、2007年に日本がパート2国からパート1国に昇格したことを受け、格付表記は一時的にJpn1となりましたが、2010年には国際競争に指定されたことで国際G1レースとなりました。
1967年以降、トライアルに指定されたレースで上位入線した馬には、優先出走権が与えられるようになりました。
1967年に京都新聞杯の前身「京都杯」が菊花賞トライアルに指定されたことで、1着から3着までの馬に優先出走権が与えられ、1991年以降は神戸新聞杯とセントライト記念の1着から3着までの馬についても優先出走権が与えられるようになりましたが、京都新聞杯は2000年に開催時期が変更になったため、菊花賞トライアルレースから除外されています。
かつては内国産馬保護の目的から、外国産馬の菊花賞への出走は制限されていましたが、2001年に混合競走となったことで2頭に限り出走可能となり、2010年からは9頭が参戦可能になっています。
70年以上の長い歴史の中で、中止となったのは第二次世界大戦の影響による1944年と1945年の2度だけで、1979年は京都競馬場スタンド改修工事により、唯一阪神競馬場での開催となりました。

そして今年もまた、新しい菊花賞の歴史が書き加えられようとしています。
過酷な3000mという長旅を、1着で帰ってくる馬はどの馬なのか。
予想で迷われている方は、アドレナリン競馬予想の菊花賞予想を参考にしてはどうでしょうか。
穴馬狙いの高配当的中に定評があるアドレナリン競馬は、大きく当てたい人にピッタリの無料競馬予想サイトです。
私も毎週ここの予想は見ています、最終的な買い目は自分で決めますけどね。